三姉妹に学んだ幸せの法則

笑顔、感謝、幸せは自分次第で簡単に作り出せるもの。逆境こそ幸せがたくさん見つけれれる神様が与えてくださった必然的なありがたい経験。子育てをしながら自ら子供達から学んだノンストレス、笑顔あふれる幸せの法則。

三姉妹に学んだ幸せの法則

自分たちは大丈夫やけどお母さんは大丈夫?

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北アルプス、涸沢カールの紅葉は年にもよるが9月末が見頃。短い夏を美し色彩で幕を閉じる。秋だけ雪解け水が溜まってできる涸沢池、そこに映る逆さ北穂高と紅葉は美しすぎる。

大阪市内で三姉妹を育てながらweb関係の仕事をしていた。当時小学中学年の二女の具合が悪くなって即日仕事を辞めてずーっと膝の上に抱っこして過ごした。色んな検査をしたけどどこも悪くなかった、結局お母さんとの時間が足りなかった事が原因だと感じている。

軌道修正をしてあげれるのは私しかいないんだよね、仕事を即日辞めるって社会人としてどう?批判もあるかも知れないね。(もちろんwebの仕事だったから家で出来る限りの作業や引き継ぎは行ったよ。)

会社には私の代わりは何人もいてる、迷惑はかけてしまったけど。でもね、この子の親は私しかいないんだよね、小さな子供が頼りにしてくれて、安心できて、愛してくれている、そんな相手は私なんだ。そしたら迷う事なんてなかったな、側にいようってすぐ決めた。生活費??そんなの優先順位が決まってたらやっぱり一番はこの子の側に居てる事だよね。生活保護になってもいいと思ったし、なんとかなるでしょう?って思ったよ。貧乏なくせにね(笑)

そんな二女の口から

「信州に住みたい」

って言葉が出た。毎年夏休みに四人で旅行に行ってたからかな、実は二女の調子がおかしくなったのは信州旅行から帰った翌日から。大阪市内のサイレンが鳴り響く環境が合わなかったのかな。

長女と三女も引っ越してもいいって。最後には信州に住みたいって言ってた。

そりゃー悩んだ、人生都会生活しか知らないし、車生活なんてペーパードライバーの私には考えられない。そして雪!!凍結!!マイナス二桁!!の世界って( ;  ; )怖すぎた。仕事もどうするんだ?ってね。

二女は私と一緒に過ごしてすぐに元気になった、仕事は大阪で以前働いていた大手に戻ってきていいよと内定が決まっていた。

 

悩んだ(笑)三ヶ月悩んだ(笑)
よし!!決めた!!頑張る、移住するよ!!
って言ったかと思うと翌日には怖くなってまた無理、、、
の繰り返し。。

命を取られるわけぢゃないのにね、そのくらい怖かった。
想像しただけで心臓がドキドキして震えた。

仕事も大阪から履歴書を何通送ったってダメだったしね、
「そして、いつくるんですか?きてからにして下さい。」
ってほとんどの企業に言われたよ(笑)

無職で知り合いの一人もいない知らない地へ、三姉妹を連れて、マイナスの世界って何?って移住に前向きだったけど怖かった、

三人と夕食の時に聞いたんだ

「一人でも反対がいたら移住はしない、みんなが移住したかったら行こう。
どう思う?」
って。そしたらね
「自分たちは学校があるし転校は慣れてるから大丈夫。お友達もすぐにできると思う。
だけどお母さんは大丈夫?一人になっちゃうけど。
だから、お母さんが大丈夫やったら信州に行こう!!」

って言ったの。
こりゃーこんなに小さな小学生の三人に、不安もあるだろうに強くて優しい言葉もらったら即決意したよ。

「うん!お母さんも大丈夫!」
そして仕事も決めず、住むところだけ決めて知り合いもいない地に四人で移住した。
四人が一緒にいればなんだって乗り越えられるんだな。

三人に支えられてパワーもらってるのは私の方だ。
子供は親が思った以上に強くて優しい。感謝。