三姉妹に学んだ幸せの法則

笑顔、感謝、幸せは自分次第で簡単に作り出せるもの。逆境こそ幸せがたくさん見つけれれる神様が与えてくださった必然的なありがたい経験。子育てをしながら自ら子供達から学んだノンストレス、笑顔あふれる幸せの法則。

三姉妹に学んだ幸せの法則

二女の夜驚症に思う事。

f:id:kaasan-3:20190704124720j:plain

週末見てきた入笠山の日本固有種のすずらん。うちの末っ子の名前にはすずらんから頂いた鈴の字を使わせてもらっている。リンリンの愛称は響きが好きだな(^^)

二女は離婚前の幼稚園の時から時々だけど夜驚症と呼ばれるような症状があった。夜中にギャーーーと泣きながら寝室から下の階のリビングに降りてくる。話しかけても目の焦点が合ってなくて何か怖い夢の中にいるような様子で家の中を走り回る。しばらくすると目が覚めて落ち着く。

 

離婚して暫くはなかったけど、のちに自律神経失調症だと判明した頃にも同じような事があった。四年生くらいだったかなぁ。夜中に突然泣きながら起きてきて家じゅうの電気を全て点けて走り回る。昼間に聞いても本人はあんまり覚えてないけど、なんとなく怖かった。って言う。

 

実は私が子供の頃はもっと酷かった。恐らく幼稚園の頃から小学校6年生までみっちり、ほとんど毎日続く事が多かった。

 

その時の感覚、覚えてる。

夢の中で真っ暗闇の中にいる、ぐるぐるぐるぐるなにかが回ってる、何かが回っている音もする、怖くてどうしてもいれなくなって親のいる灯のある場所に泣きながら走っていく、怖くて怖くてなにも説明できなくてワーワー泣きながら走り回る。

 

二女と同じなんだ、、、

 

私が小学校6年の時、このままだと修学旅行にも行けないからって父が脳波の検査に連れてってくれた、それからは毎日漢方薬を飲んでた。幸い修学旅行ではぐっすり眠れた、それから成人になっても高熱が出ると同じような夢をみる、体を起こして走り出しそうになるけど、あっ、小さい時のと同じだって気がつくようになった。

 

私の父はとんでもなく厳しかった、毎日弟2人と正座させられてゲンコツを一つづつもらう、何かできてない事が必ずあるんだよね(笑)愛情はたっぷりだった、でも怖かった、、とにかく怖かった。反対にとっても優しかった母、だけど夫婦喧嘩をするたびに母は泣いていた。それが心配で兄弟三人で階段の上からそーっと様子を見ていた。

 

私の夜驚症の原因は恐らくそんな部分からきてたんだと思う。意外に繊細なもんで(笑)

その事と、二女の夜驚症を重ねると。私が原因かなと感じる。今は超がつくほど子供達の事には口出ししないし本人にほぼ全てを任せて認めてる。乳幼児、園児の頃、私はしつけに厳しかった、お行儀、挨拶、おやつは完全に私の手作り、、、ちっちゃな子供はそんな事求めてないよね。これが子育てだと思ってた、ごめんねって今になって思う。離婚してからそんな生活は180度真逆になったんだけどね(^^色んな事に気付かせてくれた)離婚に感謝だね。

小学校四年生の時に自律神経失調症になったのは私が仕事が忙しすぎたのと夜も資格取得の為に勉強しまくりの毎日で、きっと寂しかったんだと思う。特にやりやすい子、手のかからない子の二女はぐっとたくさんの事を溜め込んでしまったんだね。

それを夜驚症という形で表に出した。

出してくれてありがとう、気がつかせてくれてありがとう。

 

夜驚症、私も二女もおんなじだった。

だからね、ごめんね。子育ては親育て、子供に育てられてる、教えられてる。

 

その二女の自律神経失調症のお陰で私は移住を決意した。

だって

「お母さん、信州に住みたい」

ってその時突然言いだしたのは二女だから。

 

心の声を勇気を出して表に出してくれて、伝えてくれてありがとう。

お母さんの宝物。